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安達太良山の恵み・岳温泉を守る「湯守」の物語<後編>

4m以上の積雪の中で行う、命がけの「湯花流し」

湯守のメインの仕事に「湯花(ゆばな)流し」があります。岳温泉の源泉は硫黄をはじめとする温泉成分が濃く、空気に触れるとすぐに温泉が流れる樹脂パイプ内に湯花が付着してしまいます。放っておくとパイプが詰まって温泉街に湯が届かなくなってしまうため、1週間に一度は必ずパイプ内の湯花を落とす必要があります。これが湯花流しです。

 

湯花流しはこんな感じで行われます。まず上流の点検口からロープを入れます。

 

 

下流の点検口で、ロープの先にお手製のたわしを取り付けます。たわしはプラスチックの細い耐熱パイプにステンレスの針金をつけたもので、樹脂パイプを傷つけないように針金の先が丸めてあります。

 

 

たわしを取り付けたら上流の点検口のロープを引き、パイプ内の湯花をこそげ落としていきます。

 

 

湯花流しは冬でも欠かせません。1日では全部できないので15カ所の源泉を3つに分け、1週間に一度、各エリアの湯花流しを行います。3週で一回りして、次の週はまた最初のエリアに戻って湯花流しを行う。その繰り返しです。3週間経つと、パイプ内はもう新たな湯花でいっぱいになっているといいます。

 

積雪期の湯花流しは、そもそも源泉地帯まで行くのが大変です。車が使えずスノーシューをはいて歩いていくため、通常でも片道1時間30分~2時間、条件が悪いと6時間以上かかることもあります。

 

 

源泉地帯に着いてからの作業がまた過酷です。まず行うのは、目印として立ててある高さ6mの竹の棒を頼りに雪の中から源泉や点検口を掘り出すこと。「谷底のほうだと雪が4m以上積もります。お湯の熱で雪がとけてお椀を伏せたみたいに中が空洞になっているので、真上からは掘れないんです。落ちたら上がれないから斜めに掘っていく。一つ掘るのに1時間はかかります。ちょっと間違うとたどり着けなくて、2回も3回も掘り直すこともあるんです(笑)」。武田さんはカラリと笑いますが、その過酷さは想像を絶します。

 

しかも雪の穴の中には硫化水素ガスがたまっており、一歩間違うと命に関わる危険を伴います。実際「息ができなくなって這って外へ出たこともある」と言いますから、まさに命がけの作業です。

 

 

源泉や点検口を掘り出したら、雪の中で湯花流しを行います。湯花流しをすると、こそげ落とされた湯花で普段は透明な湯が真っ白なにごり湯になります。

 

 

「冬は歩かなくちゃならないから体力的にキツイですよ。でも湯花流しをしないとお湯が流れなくなったり、こぼれたりする。温泉がなくなったら岳温泉にお客さんが来なくなるから、やるしかないんです」。武田さんたち湯守が命がけで湯花流しを行った日、麓の岳温泉ではこの時だけの特別な湯に入ることができます。源泉地帯でこそげ落とされた湯花が流れ着き、旅館の湯船に白濁の湯が注がれるのです。

 

 

温泉成分をたっぷり含んだ湯花が作り出す、週に一度だけの“ミルキー風呂”。岳温泉観光協会ではSNSで湯花流しの日をお知らせしているので、機会があったらぜひ入ってみてくださいね。

 

登山道の整備や草刈りも湯を守るのに必要な仕事

平安時代から京の都でもその存在を知られていた、歴史ある岳温泉。実は江戸時代までは源泉の近くに温泉街がありました。しかし文政7年(1824年)8月、大規模な土石流が発生して温泉街が埋没。その後安達太良山の麓に移転したものの戊辰の戦乱や火災などの不運に見舞われて移転を繰り返し、現在地に落ち着いたのは明治39年(1906年)のこと。源泉から約8km離れた場所に温泉街ができた結果、引き湯の管理・メンテナンスをする湯守の仕事が生まれたのです。

 

 

現在湯守を務めているのは、写真(左から)の武田さん、遠藤さん、長谷川さん、矢吹さんと、影山さんの5人。岳温泉で民宿を営んでいる武田さんをはじめ、全員が本業をお持ちです。本業とあわせて湯守の仕事も行うのは並大抵の苦労ではありません。

 

武田さんは言います。「温泉を直にいじっているのは湯守の仕事のほんの一部。それをやるために必要なことがたくさんあるんです」。例えば源泉地帯へと至る登山道の整備もその一つ。車で資材や人を運べるように、雪どけとともに横木やブロックを入れたり、橋をかけるなどの道の修復から始めるのだそうです。

 

 

登山道と引き湯のパイプが通る道の草刈りも欠かせません。「ヨツバヒヨドリやリンドウとかの花は残して、登山道の土手の草もみんな刈るんです。温泉管(かん)の道も上から岳まで草刈りをして、何カ月かに1回は歩いて点検します。途中に4カ所ある、お湯の様子を見る枡の中にゴミがないか確認したり、雨で土が流されてパイプが出ている箇所を土嚢で塞いだりするんです」。

 

 

「やることが多くて、夏場は暇を惜しんで動くようになっちゃうんです」と笑う武田さんは現在68歳。「次の人につながないうちは湯守をやめるわけにはいかない」と話します。3年前から40歳の矢吹さんが湯守に加わり、今では大きな戦力となっていることは頼もしいかぎりです。

 

私たちが一年を通して岳温泉の上質な酸性泉の湯を堪能できること。快適な登山道を歩き、安全に楽しく安達太良山登山ができること。その背景には、武田さんをはじめとする湯守の皆さんのとてつもない努力がありました。

 

 

安達太良山の大いなる恵みである岳温泉の湯と、湯を守る湯守たち。その物語を知ると、湯に浸かる喜びがひとしおになるなぁ……。源泉地帯から下りてきた後、岳温泉で一風呂浴びながらしみじみ感じた今回の取材でした。

 

スポット情報
岳温泉
住所:福島県二本松市岳温泉
電話番号:0243-24-2310(岳温泉観光協会)
駐車場:あり
ホームページ:http://www.dakeonsen.or.jp

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